1. HOME
  2. お知らせ
  3. 【ご報告】秋季永代経法要が勤まりました。

【ご報告】秋季永代経法要が勤まりました。

10月28日と29日、秋の永代経法要が勤まりました。阿弥陀さまがご安置されているお内陣を丁寧にお飾りし、亡き方を偲びながら、参詣の方々とともにお勤めいたしました。ご法話は、福岡県糸島市・海徳寺の前住職、松月博宣師でした。

初日の昼座では、約80分にわたって次のようなお話を聞かせていただきました。

浄土真宗は、阿弥陀さまが私たちのためにしてくださっていることを聞かせいただくことが大切です。しかし、阿弥陀さまのお話は、聞いて理解できるかといえば、それは非常に難しいものです。なぜなら、この社会は成果主義で成り立っており、私たちの頭は「一生懸命頑張って成果を出さなければならない」という理屈にとらわれているからです。その理屈の脳みそを一度横に置かないといけません。

仏教には、私たちの理屈にあった教えもあります。頑張って努力し、生き方を整えるならば、心が落ち着き、悟りに至るというものです。この生き方については、五戒というものがあります。殺すなかれ。盗むなかれ。嘘をつくなかれ。浮気をするなかれ。酒飲むなかれ。これは誰もが、「してはいけないこと」として知っているけれども、実際には「わかっちゃいるけど、やめられない」のが私たちです。つまり、理屈にあった教えはわかりやすいけれども、この教えでは私たちは救われません。私たちは阿弥陀さまのお話し「あなたをそのままに浄土に生まれさすものに私がなているよ。だから私に任せなさい」を聞かせていただくほかありません。阿弥陀さまは、わからぬ話を聞かせて救ってくださる。その聞いた話が軸となります。

この「聞いた話が軸になる」ことを示す体験談として、松月先生はお孫さんとのやりとりをご紹介されました。

先生のお孫さんは小さい頃から、お寺で法座があるたびに「阿弥陀さまが南無阿弥陀仏となって届いてくださり、私たちを必ず浄土に生まれさせてくださる。命の終わりは死ではなく、お浄土に参らせていただき、仏さまになる時である」というお話を聞いて育ってきたそうです。そのお孫さんが小学校 5年生の時、先生の部屋を見て「この部屋いいな。私もこんな部屋が欲しい。いつになったら私がこの部屋使えるの?」と尋ねてきました。先生が「だめだよ。この部屋はじいちゃんが今使っているんだから」と答えると、今度は、「じゃあ、じいちゃんが仏さまになった後、この部屋はどうなるの?」と聞いてきたといいます。先生は、お孫さんが「死んだ後」ではなく、「仏さまになった後」という言葉を使ったことに大きな喜びを感じられたそうです。そして、私たちの理屈では理解できない阿弥陀さまのお話、そのわからない話を聞かせていただくなかに、浄土へ生まれて仏さまになる命をいきる「生命の軸」が育てられていくとお話くださいました。

松月師の話ぶりは軽快で、参詣の方々を惹きつけ、本堂が笑いに包まれる場面も多く、あっという間の時間でした。

先生には、夜のお座と2日目の満座でもお話をいただき、3座にわたる秋季永代経法要は無事に勤まりました。

新着記事

エッセイ一覧