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新疆ウイグル自治区カシュガルの旅

《6月1日 キルギス首都ビシュケク》

中央アジア、キルギス。
ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、中国に囲まれたこの国は、日本よりも少し早く夏を迎えようとしていた。

鹿児島空港を5月31日の10時5分の便に乗り、羽田、北京そしてウルムチを経由して首都ビシュケクのマナス空港に着いたのは6月1日朝8時だった。到着したばかりの私にすぐさま2〜3人の客引きが声をかけてきた。
「タクシー乗らないかい?」
「乗らない。バスを使うから大丈夫」
「街までは遠いぞ」
「大丈夫だよ。ありがとう。」
「そうか。わかった」と彼らはあっさりと引き下がった。入国してすぐの客引きで嫌な気分になる国は、おおかたその後も現地人とのやり取りで苦労することが多い。わずかこれだけのやり取りだけれども、この国の人々は旅行者に慣れておらず、信用できるのではと思えた。

空港内の売店で2000円支払いSIMカードを購入した。simカードとよばれる極めて小さなカードがスマートフォンには入っており、これを海外のものと入れ替えるだけで、海外でもスマホが使えるようになる。私は早速simカードを入れ替えた。電源を入れるとそれまでsoftbankと表示されていた電波の表示が、megaとキルギスのものに変わり、スマホが使えるようになった。一昔前までは海外で携帯電話を使うなど夢のような話で、日本の家族や友人と連絡を取りたいときはインターネットカフェと呼ばれる、型落ちしたパソコンがずらり並んだ商店に行って、日本語がインストールされたものを探したのだった。見つからないときには、ローマ字入力でkonnichiha gennkidesuka?(こんにちは元気ですか)などと打って送らなければならず、そんな英数字だけがずらり並んだメッセージをもらった友人は、パソコンがハッキングされたのではと勘違いして慌てたと言っていた。その後、Wi-Fiが浸透し、いつの間にかこのようにSIMカードを入れ替えるだけで日本の人らと連絡が取れるようになった。スマホは連絡手段としてだけでなく、地図を見ることも、評判のよい宿やレストランを調べることも、予約することも、通訳だってしてくれる。国によってはタクシーだって呼べる。なんでもこれ一つでできてしまう。私もその恩恵に存分に預かりながら旅をしているのだが、これによって旅がつまらないものになってしまっているのも否めなかった。
スマホのない時代の一人旅は、常に先の見えない真っ暗闇に飛び込んでいく感覚だった。紙媒体の地図をたよりにし、その街の情報は現地の人々から教えてもらったり、安宿に置いてあったボロボロの宿帳を見たりした。宿帳には、それまでにその宿に泊まった旅人が後の人のために街の情報を書き残してくれていた。私も宿を発つ時には、次に泊まるどこかの国の誰かのために、知り得た情報を慣れない英語でイラストの地図なんかも添えて書き残したものだった。予定調和のない旅は、素晴らしい出会いがあるとそれは何ものにも代えられない大きな感動に包まれたし、また別れの際にはもう2度と会えぬと涙を流し手を振り続けたものだった。そんな一つ一つのハローグッバイが旅の思い出に皺を刻み、一層忘れられないものになっている。

そんな一昔前の旅に憧れがあり、旅先を決める際には誰も行かないような地域を選ぶことも多い。そうゆうところは、スマホを頼ろうにも情報がなく、自ずと一昔前のような旅にならざる得ない。今回のキルギスにしてもネットを使えどほとんど情報は出てはきてくれず、それなりに暗闇に飛び込んでいく旅ができそうだった。

SIMカードを入れ替えた後は、ATMで現地通貨を下ろし、それが終わると空港の外へで出た。空はどんより曇り。しかし雲間から時折日差しが差し込むと日陰に隠れたくなる。着ていたユニクロのウルトラライトダウンを脱ぎ、小さく小さくして収納した。外から見たマナス空港は、首都にある国際空港にも関わらず鹿児島空港よりも小さい空港だった。空港の外れの通り沿いに空っぽのバスが2台並んで止まっており、どうやらこれが都市部へ向かうバスのようだった。先頭のバスを覗くと運転手がハンドルにもたれ掛かりながら声をかけてきた。
「日本人?」
「そう日本人」
「キルギスは初めて?」
「うん」
「今着いたのか?」
「うん」
「ようこそキルギスタンへ!!(ニッコリ)」
「ありがとう。このバスは中心部へ向かうの?」
「ああ。向かうよ」
と運転手も私と同じく英語が苦手なようで、素人の卓球のようにシンプルな会話のラリーが続いた。ただ運転手は「キルギスタンへようこそ!」だけは日頃から旅行者によく使っているようで、ニコッと笑いながらとても大きな声だった。この国にきて最初の会話が「キルギスタンへようこそ」であったことは嬉しく、幸先がいい気がした。彼が言うには都市部までは30キロだという。私は運転手のすぐ後ろの席に座り「中心部に着いたら、そこで降ろしてくれ」と頼んだ。しばらくしてバスは走り出し、車窓からいくらかの景色が流れ、ウトウトしているうちにだいぶ都市に近づいていた。運転手がバックミラー越しに私に「この辺りが中心部だ」と声をかけ、4車線と4車線が交じり合う、それなりに車の通りがある交差点でバスを止めた。

バスを降りると、ドアが無機質な音を立てて閉まり、走り去っていった。都市部だと言うから降りてみたけれども、高いビルや立派な建物は見当たらず、遙か遠くに溶けきらぬ雪に覆われた山々がうっすら見えている。のっぺりと面白みに欠ける景色が続いている。私は木陰に座り、これからどうしようかと考えた。旅は考えることが多い。ご飯や宿についても考えないといけないが、今私にどっしりのしかかっている不安は、ここからどうやって新疆ウイグル自治区カシュガルへ向かうかということだった。

新疆ウイグル自治区カシュガルは、日本から見れば中国の最果てにあるが、キルギスから見れば国境を挟んで最初の街になる。自治を認められていながら、中国の大きな力によって強制的に中国化され、人権に関することなど様々な問題が噴出していると言われる。

前々から、新疆ウイグル自治区へ行ってみたいという思いがあった。通常、日本から新疆ウイグル自治区へ行くには、北京などから国内線の飛行機や電車を使って向かうルートが一般的である。ただ、このルートを通ってウイグルを旅した人らのブログを読むと「ウイグルは平和で見どころいっぱい。とっても素敵な観光地♪ルンルン」という平和的な感想がやけに多く、問題多きウイグルなのにどうしてだろうと不思議に思っていた。ウイグル問題を取り上げた本や記事をいくつか読むと、『ウイグルの問題は、中国政府がうまく包み隠しており、表面には見えずらい』と書いてあり、中国内部を通ってウイグルに向かうルートは中国政府が包み隠したベールの中を旅することになり、問題が見えずらいのかもしれないと、そんな仮説を立てた。そして別のルートで入国する方法はないものかと探し始めたのだった。そんな時に、キルギスとウイグルがものすごく近いことを知り「キルギスからウイグルへ陸路で行けはしないだろうか?」と調べてみると、「行くことが可能である」という記事をちらほら見かけた。しかも、このルートを使うのは国を跨いで物を運ぶトラック運転手と出稼ぎに行くウイグル人労働者が主なようで、ここを通ることができたらウイグル人たちと一緒に旅ができるかもしれないと興味が湧いたのだった。

キルギスのビシュケクと新疆ウイグル自治区のカシュガルを結ぶ国境は、トルガルト峠と言われる標高3500メートルに位置する国境である。この国境については、ネットを検索しても、地球の歩き方やロンリープラネットといったガイドブックを読んでもほとんど情報は得られなかった。そこで、在中国日本大使館、在日本中国大使館、中国ビザを発行する機関、中国とキルギスと旅行会社などにメールを送って返事を待つことにした。返事はいくつか返ってきた。中でも一番丁寧に長文で返事をしてくれたのは在中国日本大使館だった。そのメールには、「トルガルト峠は現在通過は可能である」と書かれており、加えてウイグル自治区の危険度を表した外務省のURL、ビザに関すること、国境の開所時間、国境へ持ち込みが禁止されているものなどを親切に書いてくださっていた。旅行会社からは2社返信があった。いずれも「自力での国境越えは無理だ。俺たちに任せれば、なんとしてでも国境を越えさせてやる。金額は8万だ。安いだろう。俺たちは無敵の旅行会社だぜ!」という趣旨のメールだった。「片道8万なんて無理払えない」とすぐさま返信し、選択肢から除いた。
結局、トルガルト国境について得られた情報はほんのわずかしかなく、こうなったらキルギスに行ってから考えようと思ったのだった。それで、今、キルギスの木陰に座り考えている。

「はて、ここからどうやってカシュガルへ行こうか?」

しばらく考えたあと、西バスターミナルというところに向かうことにした。海に囲まれた日本には馴染みがないが、他国と陸で続いている国にはバスの国際線がある。そういった国際バスは大抵一つのバスターミナルが拠点となり発着しているものである。ビシュケクではこの西バスターミナルがその役を担い、カザフスタンのアルマトイ、ウズベキスタンのタシケントなどへのバスが発着していると記事を読んだ。そこへ行けば中国の新疆ウイグル自治区へ向かうバスの情報も入るのではと踏んだのだ。

30分ほど歩いて、それと思しきところに着いた。しかし、そこには人もバスもなく廃墟があるだけだった。締まり切った鉄格子の隙間から覗き込み、ここが本当に西バスターミナルかと確認する私に、散歩中の男性が近づいてきて胸の前でバツ印を作って「ここは閉鎖した」と言った。

記事が出来次第 更新していきます🙏

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